「お帰りなさい」

塾から帰ると、お母さんが玄関で出迎えた。お父さんは単身赴任でもう何年もいないし、お姉ちゃんはこの春、県外の大学に通うためにひとり暮らしを始めた。だから、今この家には私とお母さんのふたりきり。

「……ただいま」

私は靴を脱ぎ、お母さんと合わせた目をすぐに伏せて家にあがった。聞かれることがわかっていたからだ。

「どうだった? 塾のテスト、今日返ってきたんでしょ?」

ほら。私が言わなくても知っている。同じ塾に通う3軒隣の渡辺(わたなべ)さんちのお母さんから聞いたんだ。

「あー……、うん。はい」

結局、返された答案用紙を全部差しだす。もう高校生だというのに、お母さんは当たり前のようにすべての答案用紙に目を通す。

「……んー、やっぱり英語が足を引っぱってるのね。あら、この数学の点数もどういうこと?」

始まった。帰ってきたばかりなのに、玄関で勉強の説教は勘弁してほしい。チクチクと聞き飽きた話を流しながら、私は心のなかでため息をつく。