「ねぇ、なんで誰も来ないの?」

首をひねって美術室の方を向いた彼に、私はハッとする。そして今まで平気だったのに、急にこの場所にふたりきりだということを意識した。画材の匂いも、窓の外から聞こえる運動部の遠い喧噪も戻ってくる。

「あ……みんな、今日は画材を買いに……」

そう途中まで言ったところで、パッと時計を見た私は、
「あぁっ!」
と声をあげた。

「……なに?」
「バス! ……の時間、過ぎてる」
「あー。塾?」

思わず立ちあがってしまった私を、下から見あげる桐谷先輩。

「そう……です。あぁ、また勝手に休んじゃった……」

私は塩をかけられたナメクジみたいに、ヘナヘナと肩を落とす。

「マジメだね、水島さん。勉強好きなの? 行きたい大学があるとか?」
「いえ」
「じゃあ、なんで毎日通ってんの?」
「……親に、言われて」
「ふーん」

なにも言われていないけれど、この自由人間からの視線でわかる。親の言いなりなんだね、つまらない人間だね、って思われていること。