「なに怪しいことしてんの?」

背後からの声に、口から心臓が出るところだった。私はビクッと肩を浮かせ、美術準備室の入り口の方へ顔を向ける。

「探し物?」

続けてそう言ったのは、ドアの枠に体重をかけ、したり顔を傾ける桐谷先輩。

「……いえ」

動揺を気取られないように返したはずの声は、若干かわいていた。なぜなら、視線が彼の持つものに釘付けになったから。

「ハ」

短く笑う声。私から顔を背けた彼は、肩を揺らしながら、なおも続く笑いを噛み殺している。

「バイト先に飾ってあったのを、さっき叔父さんに持ってきてもらったんだ。はい、いいよ、見ても」

彼が持つ、側面しか見えなかったキャンバスが、ゆっくりとこちらを向いて、壁に立てかけられた。

「…………」
 
私は、まるで吸いこまれるように身をかがめてしゃがみこみ、今までで一番近い距離で彼の作品と向かいあった。

淡く、何色とは確実に言えないようなたくさんの色が、まるで光を伴っているかのように目に飛びこんできて、眩しさを覚える。この感覚は、あのときと同じだ。あの、中3のとき、初めてこの絵に出会ったときの衝撃と。なにかを解き放て、と訴えかけてくるようなその絵は、やっぱり、私の心を強く揺さぶる。