「今日もひとつ前で降りるんだ?」
「はい」
「面倒なことするんだね」
「面倒なことしています」

カリッ、と桐谷先輩が飴を噛む音が聞こえた。

「なんか、生きにくそう」
「…………」

その言葉には返事をせずに、バッグを肩にかけ、席を立つ。
腹が立った。だって、私の事情を知らないくせに、簡単に言うから。ほんのわずかにレールからはみ出ただけだとしても、私にとってはその軌道修正は絶対なんだ。

「あ、水島さん」
「なんですか?」
「アメ、もいっこちょーだい」
「…………」

飄々としながらそう言ってくる桐谷先輩に反論する気持ちが削がれ、のど飴の黄色の袋をバッグから取り出し、伸ばされた彼の手のひらに突き出すように置く。そして、くるっと前に向き直り、バス停に合わせてブレーキを踏み始めたバスの通路を、乗降口までバランスを取りながら振り向かずに進んだ。

なんか、バカみたいだ。彼が絵を描く姿に感動した自分も、バスで背後からかけられた声にちょっと浮かれた自分も、……『嬉しかったよ』という言葉が嬉しかった自分も。

なにより、無愛想なこと、自分で自分を不自由にしていることを、まだ数回しか会っていない人に見透かされて、なんだか情けない気持ちになってくる。

降りた私は、風を伴って離れていくバスを見送る。はぁ……とひとつため息をつき、私は停留所ひとつ分の距離を歩きだした。