バスが揺れる。……6時台のバスが。
「ねぇ」
頭上から声が降ってくる。
「アメ、ない?」
「…………」
一番うしろから2番目の左端の席。いつもの座席に座っていると、やはり一週間前と同じように一番うしろの席に座っていた桐谷先輩が、隙間から声をかけてくる。すでに彼の友達は降り、あとは停留所を3つ残すのみのバスの中。
「のど飴なら……」
「ハ。おばーちゃんみたい」
「いらないならいいです」
「いる。ちょーだい」
ギシ、とまた背もたれの上に身を乗りだし、手を差し出す桐谷先輩。学校でも学年が違えばなかなか会わないし、美術室でさえもあまり話さないからか、10分かそこらのこの時間この状況に、妙な心地がする。
あ、オレンジ色の絵の具……。
アメを渡しながら、その手の側面についた色に気付き、数十分前までの彼の姿を思い出した。そして、目の前でレモン味ののど飴を口に含み、片方の頬を膨らませているその顔を見て、なんとも複雑な気持ちになった。