「失礼ですけど、美術部って感じじゃないですね」

窓の方を見ながらそう言うと、
「よく言われる」
と、乗っけている肘の片方を立て、頭を預けながら答える桐谷先輩が窓に映る。

あ、わかった。この人をまだ“桐谷遥”だって受け入れられないのは、彼が絵を描いているところをちゃんと見ていないからだ。

彼は今日、あのショートボブの女の先輩に呼ばれて、そのまま美術室には帰ってこなかった。ビンを押しつけたところを見ただけじゃ、まだ腑に落ちていないんだ、私。

「あ、押し忘れてた。次だ」

窓の外の景色にハッと気付き、慌てて降車ボタンを押す。チャイムの音が車内に響き、運転手が「次、停まります」とマイクで言った。

「降りるの終点じゃないの? 2丁目でしょ?」

終点のひとつ前でボタンを押したことに当然の疑問を持ったらしい桐谷先輩に、私は無言を決めこむ。

「なに? ワケあり?」
「……塾、を」
「え?」
「平日は毎日7時まで塾なんですけど、今日バスに乗り遅れて休んじゃって」

用事があるとか言って適当にごまかせばよかったんだけれど、私はバカ正直に答える。