「いる?」

夕方、バスから降りると、秋をほのかに感じさせる小さな風が、私と先輩の髪を撫でる。横に並んで歩く先輩が、ポケットに手をつっこみ、出した手をおもむろに開いた。そうしたら、手のひらいっぱいの黄色が現れる。

「一個あげる」
「え? あれ? さっき……最後の一個って」
「あぁ。あれ、嘘」

飄々とそう言った先輩を呆気にとられた目で見て、私はやっぱり先輩は変な人だと思った。

先輩の手のひらからひとつ飴を取りながら、初めて靴箱で話したとき、まだ先輩が桐谷遥だって知らなかったときに、欲しくもないのにもらった葉っぱを思い出す。

あれは春のうららかな放課後。光の中、先輩の手のひらの中で一斉に背伸びをした桜の葉の黄緑たち。

ふふ、と笑ってしまった私に、頭上の先輩が「……不気味」とぼそりとつぶやく。
彼の胸を軽くたたいて怒った顔を向ければ、からかうような、でも少し優しいような笑顔が降ってきた。