「行くの?」
「え?」
「彼氏のとこ」
「…………」

彼氏? 
………………あ、そうだ。諏訪くんのこと、先輩はまだ誤解して……。

そう気付くと、一歩踏みこんで目の前に来た桐谷先輩。その影に圧迫感を覚え、私のほうが無意識に半歩さがってしまった。すると膝のうしろが椅子に当たり、ペタンとそのまま腰をおろしてしまう。

私をまん中にして、囲むように机にかけられた両手。触れられずして逃げ場を失ったこの状況に顔をあげると、間近に桐谷先輩の顔があって前髪同士が触れた。

「…………」

私はこの前と同じ至近距離にたじろぎ、またすぐに斜め下に顔を伏せる。それでも動じずに、私のうつむけたつむじに自分の額をくっつける桐谷先輩。

しばらくその状態が続いて、私は動悸でおかしくなりそうになった。私に顔を寄せている桐谷先輩から伝わる温度と、胸の奥底からじわじわと湧き出てくる感情に酔いそうになる。鼻の奥にツンとした痛みが生じて涙腺を刺激すれば、次第に視界が細かく割れてくる。

「…………」

下睫毛に乗っていた玉のような涙が、こらえきらず、ひと筋の水の線を私の頬に作った。そして、覗きこむように傾けられた桐谷先輩の唇が、私の唇に重なった。

「…………」