その言葉に、「はい」と返そうとしたけれど、ちゃんと声にならなかった。よろけるように立ちあがり、座っている桐谷先輩の横に立てば、視界いっぱいのキャンバスが迎える。

「…………」
 
圧倒された。

色彩と技法の美しさに、もう幾度感じたかわからない衝撃と感動。青の濃淡のグラデーションが密になって深みを増し、白と黄色とオレンジが泡やら飛沫やら光を複雑に連想させる。その中で目を閉じてうずくまり、安らかに眠って見える、制服姿で裸足の女性の人物画。

……私……だ。

「…………」

様々な青の中で眠る私は、静かな呼吸音が聞こえてくるくらい生気を宿している。まるで胎内にいるかのような、無垢でおだやかな顔。

一瞬、耳元で水中の気泡が浮かびあがるような音を聞いた気がした。そしてまわりを涼やかな青に包まれたかのような錯覚。私は、目の前の色の侵食の気持ちよさにただただ酔いしれるほかなかった

あー……。きれいだな、先輩の絵の中の私。先輩が作りだすたくさんの色に包まれている、幸せそうな私。

「…………」

あーーー……。なんか……、すごい、…………すごい、嬉しい……。

「よく泣く」

次から次へと溢れ出てくる涙を手の甲で何度もぬぐっていると、隣にいる桐谷先輩がそう言った。私はその声で現実へと戻る。