まるで本当に私の皮膚に触れているかのような繊細な指の動きに視線を移し、私は先輩がこちらを向く前に自分の目元をぬぐう。

「…………」

キャンバスからゆっくりと指を離し、ティッシュで色をぬぐい取った先輩。そのままこちらを見ずに、
「ありがと」
と言った。

そして、スローモーションみたいに伏せた目をこちらへあげる。

「終わった」
「…………」

まるでふたりだけの結界が解けたかのように、緊迫した空気がゆるむ。けれども、私は動けなかった。私だけがその空気の余韻から解放されず、椅子に縛り付けられているかのように身動きできなかった。

絵を正面から見たいと思ったし、こんなに長く拘束されたことに先輩に文句のひとつでも言って、報酬を催促しようかとも思ったけれど、『終わった』という言葉が私の頭と心と体を占拠していて、うまいことこの場で立ち振る舞うことができない。

「……ねぇ、水島さん」

桐谷先輩もまだ座ったままだった。自分の立てた膝で頬杖をつきながら、キャンバスをながめている。

「見る?」