途中、何度も目が合った。その度にドキリとしたけれど、先輩の真剣な目を見たら、そらすことなんてできなかった。

「目、閉じて」

ふいにかけられた声で我に返った私は、まるで夢から醒めたかのように何度も瞬きをし、先輩と視線を交わらせたあとで、ゆっくり言われるがままに目を閉じた。

少しだけ開いている窓から入る風で、寄せられた暗幕がパタパタと小さな音を立てている。その音と、目を閉じながらでもわかる先輩の視線を感じながら、私は、この世界には自分と桐谷先輩しかいないんじゃないかと錯覚した。

憧れの桐谷遥が絵を描くところを間近で見ることができて、その絵の中に自分を入れてもらうことができて、この空気をこんなにも密に共有できて、彼のファンとしての私は、この上なく幸せ者なのかもしれない。

「…………」

あぁ……、でも……。

私は、むせかえりそうになるほど喉奥からせりあがってくる胸の痛みに、思わず膝の上で拳を握ってスカートにシワを寄せる。

この絵が終わったら、…………終わったら……。

「いいよ」

その声に静かに目を開けると、うっすらと張った涙の膜の向こうに、素手の人さし指で優しくキャンバスをなぞって色を置く先輩の横顔が映った。汗がひと筋伝ったその顔は、太陽の光とその影の黒に、色素の薄い髪のキラキラが映えて、それこそひとつの作品みたいだ。