「こ」
「…………」
「……こんにちは」
「にちは」

よくわからない挨拶を交わすと、グラウンド側から野球部のかけ声が遠く聞こえて、同時に窓の外の緑が風に揺れた。

「なんで?」
 
当然の質問を受けた私は、
「ちょっと……ま、町野先生に用事で」
と嘘をつく。

それを聞いた桐谷先輩は、
「先生ならさっきここを出ていって、1時間くらいしてから戻ってくるって」
と返した。

「え? じゃあ、それまで先輩は……」
「うまく描けなくて見てもらいにきたから、戻ってくるまで制作」

そう言って、キャンバスに目をやった。

数メートルの距離の桐谷先輩は、いつもの気だるげな顔、少し伸びたねこっ毛。でも、いつもよりほんの少し疲れて見える。その頬にコロリと丸いふくらみができて、まるでバスで隣に座っているときのように、口の中で飴を転がす音が聞こえた気がした。

私は独り言のように、「……どうしようかな」と言って、桐谷先輩とは離れた椅子に腰をおろす。内心、とても緊張していた。会うのは、1週間半前のあのキスのとき以来だ。