「欲しいものを欲しいって言えない、欲しがり方を知らない人間になっちまったんだな」
「…………」
 
欲しがり方を……知らない人間……。
 
その言葉を頭のなかで繰り返し、小さい桐谷先輩を想像すると、ずきんと胸が痛んだ。

「でも、絵にだけは心を開いた」
 
町野先生は当時を思い返しているからだろうか、また口の端をあげる。

「いや、違うか。絵にだけしか心を開けなかったって言ったほうがいいか。そこにだけ一点集中で自分の気持ちや欲を吐き出して。最初のほうは黒っぽい絵ばっかり描いてた」
「…………」

『俺もそういう絵、描いたことあるから』
 
いつだったか、私が黒い絵を描いたとき、桐谷先輩はそう言った。町野先生の話を聞きながら、私はなんだか涙が出そうになってくる。

「そこからはまるで鏡みたいに、自分を絵に映し始めた。感覚も感動も感情も全部。もともとセンスはあったけど、水を得た魚みたいに楽しみだして、それがいい相乗効果で」
 
……でも、私がこんな深い話……聞いてもいいのだろうか。