べつに、舞川さんの言葉に動揺しているわけではない、と言い聞かせる。だって、桐谷先輩自身がスランプだと言っていたんだ。たまたま私がモデルになった人物画が、慣れなくてうまくいかないだけだろう。
 
先生はスリッパの音をパスパスさせながら、準備室から美術室の方へ移動してきた。そして、窓からの風で半分近くまできていた暗幕を、シャッと開ける。私はいつも座っている席に、静かに荷物を置いた。

「水島はさー、遥の絵、どう思う?」

ふと、町野先生は聞いてきた。私はちょっと考えたあとで、
「自由で……自己表現の塊……みたいだと、思います」
 と答えた。町野先生の口角があがる。

そして、なんとなく続きを催促されているような沈黙が流れたので、
「それに……なんかうまく言えないですけど、止まってるけど動いているみたいに見えます。キャンバスに収まっていても、溢れてしまってるっていうか……。引きこまれずにいられないです」
と付け加える。

「ふ」

町野先生がまた笑った。私は真剣に答えたのに。

「でも、桐谷先輩自体は、つかみどころがなくて、本当によくわからないです」
「そう? あんなわかりやすいヤツいないと思うけど」
 
開け広げた窓の桟に手をかけ、運動部の様子を見ながらそう言う町野先生。私は、それは先生が大人だからだ、と思いながらも、
「先生は、ずいぶん桐谷先輩のことわかってるんですね」
と言ってみる。