「…………」

先輩が手をかけていた棚の、わずかにきしむ音。鼻先が当たったかと思ったら、唇に温度が置かれた。表面同士をゆっくりと合わせた唇と唇は、つぶった目を驚きで開けた瞬間にはもう離れていた。

また数秒、無言で向きあったまま視線を交わらせる。私は今の一瞬の出来事に固まるしかできず、かなりゆっくりと右手を持ちあげて、自分の唇を人さし指と中指でなぞった。

「あー…………、ごめん」

その瞬間、桐谷先輩が目も顔も伏せてそう言った。私は静かに離れる彼の体に、解放されて明るくなった視界に、その言葉を何度も頭で咀嚼する。

“ごめん”……? また……“ごめん”?

「忘れて。今のなし」
「なっ……!」
 
私はその言葉に、目の前の先輩の胸をドンッと突き放した。

「人の気持ちをなんだと思ってるんですかっ!?」