なに? この距離。

手を拘束されてるわけでも、壁ドンされてるわけでもないのに、覗きこまれた顔だけの圧力で、まるで悪事を問い詰められているかのような気持ちになる。

10秒くらい、先輩は無言で見つめてきた。至近距離に息を吐くのもためらわれて、緊張で固まった体を横にずらそうとしたとき、ふいに、
「あぁ、こんな顔だった」
と言われた。

「…………」
 
そっか……、スケッチだけじゃ細部がわからなくて、それで……こんな近くで……。
 
私は心臓の音を気取られるのがはずかしくて、意味もなく息を止めて顎を引く。なおも前かがみで覗きこむ姿勢を崩さない先輩に、若干背を反らせた。

「あ……あの作品……」

至近距離の沈黙にいたたまれず、結局私は乾いた声を出す。

「なんて作品名……つけるんですか?」

顔だけで私を棚に追いやっていた先輩が、私の頭上の段の出っ張りに片手をかけた。距離感は変わらないのに、私はたったそれだけで心臓が跳ね、瞬きがやたらと増える。

「…………“無題”」

そう言ったかと思うと、ゆっくりおりてきた先輩の顔。とっさにつぶった瞼の裏で、彼の影が色濃く落ちてきた。