思いがけない言葉に、私は先輩に向き直って止まった。頭を軽くかいた先輩は、ふぅ、と気だるげなため息をつき、輪をかけてアンニュイな表情になる。

スランプなんて……半分冗談だと思ってた……。でも、前回スランプだと言って笑っていたときとはあきらかに違う表情に、今回は本当なんだろうとうかがえる。上手な人にしかわからないこだわりや悩みがあるのだろうか。

「10月までまだ1ヶ月もあるし、先輩のことだから……」

私が言っても慰めにもならないような言葉を並べ始めると、入り口にいた先輩は寄りかかっていた肩を壁から離し、一歩二歩と私のほうへ近付いてくる。

「きっと……」

心のなかでかなりうろたえながらも、必死に言葉を探す。目は、向かってくる先輩から離すことができない。

「大……丈夫……だと」
「ふーーーん……」

目の前まで来た先輩は、表情を変えないまま、話す私の顔を覗きこんだ。バスの中でけっこう密着していたこともあるというのに、次第に近付かれてこの距離というのは、どうにもこうにも照れを隠せない。私はずっと合わせていた目を不自然に泳がせ、顔もちょっと斜めにそらした。