「ねぇねぇ、水島ちゃん。さっきの彼氏?」

まり先輩のからかう言葉に、私は慌てて、
「いえ、そんなんじゃ……」
と弁解する。

「またまた〜」となおも続けるまり先輩。
桐谷先輩たちはまだ話を続けているものの、なんとなくこの場にいづらくなった私は、
「え……と、そうだ、画材、返しに来たんだった」
と独り言をわりと大きめに言って、その場を離れた。

「じゃあ私、お昼買ってきまーす」

午後も部活をするらしいまり先輩の声。他の部員たちは昼食をどこかでとってから来るのだろうか。そんなことを思いながら、私は画材を片付けるため、そそくさと美術準備室へと入る。

「はーーー……」

まだ動悸がおさまらなくて、道具を棚に入れた私は胸を押さえてため息をつく。そして、美術準備室を見回した。

…………ない……か。

桐谷先輩がいたから、あの途中だった絵を持ってきているかとわずかに期待してしまっていた。
 
見たかったな…………。

『なんかね、見せたくない。水島さんには』

……あ、嫌なこと思い出しちゃった。

あがったテンションを急激にさげるその言葉に、私はそのまま棚に向かって頭を傾け、コツンとわざと当ててうなだれる。

「なにしてんの?」

背後からの声に、私は倒していた頭を勢いよくあげる。そのせいで棚の出っ張りに当たってしまい、「っ……」と声ならぬ声をあげた。