「面倒」
「ズルーイ、もう」

部屋の一番奥。大小様々な古いキャンバスがいくつも立て掛けられている、せまいスペースの間。そこに椅子に座る男と、その彼に覆いかぶさるように抱きついている女がいた。

うしろ姿しか見えないショートボブの彼女は、彼の首に腕を回して体をめいっぱい密着させている。色素の薄いねこっ毛の彼は、されるがまま、こちらを見て……。

「…………」

え? うわ。目が合った。

少したれた、気だるそうな目。ドアも口も半開きのままで硬直していた私は、逃げようとすれば逃げられたはずだったのに、微動だにできずにその目に縛られた。彼女のほうは気付いていない。
そして次の瞬間。

「……やらしー」

彼はほんのわずかに片方の口角をあげて、そう言った。

「……っ」

その言葉でようやく石化を解かれたかのように、私は2、3歩あとずさってから入り口の方へと引き返した。いまだクスクス笑っている彼女には気付かれないように、足音を忍ばせて、走らないようにして。