そのあとの私は、週の半分の放課後を美術部に費やした。中途半端で止まっていたビンの油絵も平山部長に教えてもらって描き終え、今度は小さな流木と造花をモチーフに描いている。
部長にもまり先輩にも色にバリエーションが出てきたと褒められ、まんざらでもない私は、オリジナルの色味を出すことに楽しみを見出していた。あっという間に帰る時間になることも多く、確かな充実感を得ることができていた。
先輩はやはり、美術室に来なかった。
絵を夢中で描いているときには頭の隅に追いやられているけれど、集中がとぎれて美術室を見渡したとき、最終のバスに揺られて人数が少なくなってきたときにふっと思い出すと、小さなため息が出た。
悲しいとか苦しいとか、そんな重々しいものではない。ただ、先輩と会わない日が続けば続くほど、心にぽっかり穴があいてしまったかのような気持ちが募る。
一緒に木の枝や葉っぱを探しにいったこと、美術室ででたらめな絵を描いたこと、バスでいろんな話をしたこと、お母さんにモデルの件で謝ってくれたこと。まるで、そんなことなんてなかったんじゃないかと思えてくるほどだった。