「ごめんね」
彼の薄い唇は、短い言葉を置いていった。ミサキ先輩をなだめながら廊下を歩いていく桐谷先輩。私はそのうしろ姿を見送るだけで、結局先輩になんの言葉も返せないままだった。
「…………」
べつに、大丈夫かと聞かれたかったわけじゃない。自分の名前を先に呼ばれたかったわけでもない。ましてや、ミサキ先輩を激しく罵ってほしかったわけでもない。
彼女をなだめて落ち着かせ、当事者同士で話をする。桐谷先輩の行動は、たぶん正解なんだろう。でも、私の胸の内でだけひっきりなしに波のように襲ってきた、緊張や恐怖や憤りや悲しさ。それが潮が引くかのようにサー……ッと消えたかと思うと、そこにはどうしようもないやるせなさだけが残った。
「…………」
ごめんね? ……ごめんね、ってなに? なんで先輩が謝るの? なんでミサキ先輩のことを自分がしたみたいに謝るの?
「……っ」
……違う。大事なことはそこじゃないのに。
なにがこんなに私の胸を締め付けているのかわからなくなる。下唇を噛むと同時にこらえていた涙がまた落ちそうになり、私はゴシゴシと目元をぬぐう。
舞川さんが「大丈夫?」と、心底心配している顔で覗きこんできたから、私は2回うなずいて鼻をすすった。
ひとつだけ、わかっていることがあった。
「…………」
私が桐谷先輩に近付かなければ……彼の絵がぐちゃぐちゃにされることは……なかったということ。
彼の薄い唇は、短い言葉を置いていった。ミサキ先輩をなだめながら廊下を歩いていく桐谷先輩。私はそのうしろ姿を見送るだけで、結局先輩になんの言葉も返せないままだった。
「…………」
べつに、大丈夫かと聞かれたかったわけじゃない。自分の名前を先に呼ばれたかったわけでもない。ましてや、ミサキ先輩を激しく罵ってほしかったわけでもない。
彼女をなだめて落ち着かせ、当事者同士で話をする。桐谷先輩の行動は、たぶん正解なんだろう。でも、私の胸の内でだけひっきりなしに波のように襲ってきた、緊張や恐怖や憤りや悲しさ。それが潮が引くかのようにサー……ッと消えたかと思うと、そこにはどうしようもないやるせなさだけが残った。
「…………」
ごめんね? ……ごめんね、ってなに? なんで先輩が謝るの? なんでミサキ先輩のことを自分がしたみたいに謝るの?
「……っ」
……違う。大事なことはそこじゃないのに。
なにがこんなに私の胸を締め付けているのかわからなくなる。下唇を噛むと同時にこらえていた涙がまた落ちそうになり、私はゴシゴシと目元をぬぐう。
舞川さんが「大丈夫?」と、心底心配している顔で覗きこんできたから、私は2回うなずいて鼻をすすった。
ひとつだけ、わかっていることがあった。
「…………」
私が桐谷先輩に近付かなければ……彼の絵がぐちゃぐちゃにされることは……なかったということ。