「あれ?」
 
そのとき、部屋の一番うしろ、石膏像のところにいた3年生の女の先輩の声に、みんなが振り向いた。先輩はなにかを手に持っている。それは、空になっているのがわかるくらいぺったんこになった、絵の具だった。

「黒絵の具…………えっと”水島”って書いてあるけど」
「え?」

私は名前を呼ばれたことで、先輩のもとへと向かった。その間、
「あれ? ペインティングナイフもある。これも水島さんのみたい」
と、石膏像のうしろから汚れたナイフを取り出す。たしかに、私の名前が書かれたシールが貼ってある。

「…………」

美術室内が一瞬で沈黙に包まれた。おそらくみんな、同じことを考えているようだった。
 
使い切られたぺたんこの黒絵の具。黄色っぽい絵の具で汚れているペインティングナイフ。桐谷先輩が5月にぐちゃぐちゃにされた絵が、一気に記憶の奥から手繰り寄せられる。

「…………」

しばしの沈黙のあと、みんなの視線は私へと移った。私は、一瞬で自分の血が凍りついたかのような気持ちになり、
「ち……違います! 私、知らない。知りませんっ」
と叫ぶ。