「いい加減にしなさい。沙希は所有物じゃないだろ」
「なによ、あなたとの”ちゃんと育てる”っていう約束を実行してるだけじゃない。離れて暮らしているくせに、こんなときにだけ口をはさまないで。一番近くにいる私がこの子をちゃんと見てるのよ」
「”ちゃんと”ってなんだ? 自分の意のままにっていうことか?」

唇だけじゃなくて声までふるえだしたお母さんに、鋭い視線で言い返すお父さん。お母さんは急に立ちあがって、両手をテーブルにつき、
「これ以上この子に、挫折なんてつらい目に合わせたくないのっ。私がしっかりしないといけないのっ!」
と、大きな声をあげた。
最後らへんはもう、涙声だった。

「…………」

私はその勢いにもだけれど、お母さんの涙に目を見開いた。初めて、お母さんが泣いたところを見た。感動的な映画やドラマを見ても涙を見せないお母さんの頬に、今、ひと筋の涙が伝っている。

「私が、……私が……ちゃんと……」

どこか、自分を責めているかのような、逆に自分を奮い立たせているかのような、そんな印象を受ける。いつもの怖いお母さんじゃない。それどころか、なぜか小さく見える。

お父さんはお母さんを正面から見あげて、なにも言わなかった。驚いているというだけじゃなくて、なにかいろいろと考えているような、そんな顔だった。そこに怒りの色はもう消えていた。