ほら、私が先輩を好きだって言ったことなんて忘れていたかのような態度。でも、それが桐谷先輩らしくて、私は逆に頬がゆるんだ。こちらを見ていた先輩が、またスケッチブックに視線を戻す。

「ていうか、あの同級生の男の子とデキてんでしょ?」
「あー……。ハハハ。先輩こそ仲よさそうですね、舞川さんと」
「…………」

少し間を置いてから「そうだね」と言った桐谷先輩。静かに響く、鉛筆の音。

諏訪くんとのことを勘違いされているんだったら、もうそれでもいいや。ゆっくり……ゆっくり先輩を諦めていこう。

「できた」

先輩のその言葉にパッと縄を解かれたように動いた私は、
「え! もう? 見たい! 見たいです」
と言って立ちあがった。

と思ったけれど、休憩ははさんだものの1時間前後ポーズを取っていたからか、思わずよろけて床にペタンと膝をついてしまう。

「ハ。ゆっくり立たなきゃ」

笑いながら立ちあがった先輩。私の目の前まで来て、その手が自然に差し出される。

「……どうも」

見あげた先輩は夕方の光を受けて、その陰影がまるで映画のワンシーンのように鮮明だった。先輩から見て私も、同じように見えるのだろうか。そんなことを思っていると、握られる手に力がこめられて、ゆっくり上に引きあげられる。

音のない美術室。立て掛けられた人物画や、棚に置かれた石膏像が、みんなこちらに注目している。