「……もしもし。沙希です。今日塾休みます。ちゃんと先生にも連絡しました。あと……、帰ったら、ちゃんと話……するから。……それじゃ」

美術準備室で携帯から電話をかけた私は、留守電にメッセージを入れて切った。めちゃくちゃ緊張してかけたから、留守電に切り替わってホッとしたような、拍子抜けしたような、複雑な気持ちだった。

でも……なんというか、こんなことができた自分に正直驚いている。さっき絵を描いたからなのか、桐谷先輩に心の声を聞いてもらったからなのか、妙に腹を括っている私がいた。
帰ってからのお母さんが怖くないかと言われれば嘘になるけれど、でも、それでも私は……、この今をきっかけにすることに決めたんだ。

「出た? おかーさん」

美術室に戻ると、大きなスケッチブックを開きながら、先輩が聞いてきた。

「いえ、出なかったので留守電に入れました。先生にはちゃんと伝えたけど」
「そう」

顔をあげた桐谷先輩が、
「じゃあ、この前みたいに座って」
と続ける。

私は言われるままに椅子の上で体育座りをし、その合わせた膝に顔を乗せて先輩を見た。静かな、とても静かな空間に、外から聞こえる他の部活動の声や音と、先輩の鉛筆を走らせる音が響く。