「…………」

黒をスケッチブックの上に置いていくと、なんとなく心が落ち着いてきた。それは桐谷先輩の空気がそうさせたのかもしれないけれど、私は今、自分の気持ちの整理をするように、目の前の絵をようやく客観的に見ることができた。

「言葉とかって頭の中の抽象を具象化するけど、絵は……こうやって抽象を抽象のままで出せるから、たぶん言葉よりも純粋だよね」

難しい言葉が斜めうしろから聞こえてくる。私はうなずくことも相槌を打つこともできずに、自分の黒をまだらに塗っていく。

「でも、言葉にしろ絵にしろ、自分の内側から外側に出すこと自体に意味があると思うんだよね。正確さは置いといてでも。だって、伝えることよりも吐き出すことのほうが大事なときって、きっと誰にでもあるだろうから」
「……うん」
「かっこいいこと言うでしょ、俺」
「その言葉がなければ、かっこいいままでしたけど」
「ハ。カウンセリングしてあげてんのに、なにそれ」

空気が変わる。私の涙も、いつの間にかもう乾いていた。

私の中の黒は、それこそひとつの色じゃなかった。いろんな悩みや出来事が積み重なってできた、そう……こんな、黒だった。