「……っ!!」

驚きすぎて、心臓が止まるかと思った。

開けたままだった美術室のドア。桐谷先輩がいつの間にか入ってきていて、一番うしろの棚に寄りかかりながら、私が今描いている絵を背後からながめていた。

「いっ、いつから……いたんですか?」
「水島さんが泣きだすちょっと前から」

そう言って背中を棚から剥がし、ゆっくりとこちらへ歩いてくる桐谷先輩。

「黒、でしょ? 欲しいの」
「…………なんで?」

わかったんですか? という言葉を心のなかで続けて、私はじっと桐谷先輩を見た。

「俺もそういう絵、描いたことあるから」
「…………」

先輩は手に持っていた一枚の葉っぱを指でクリンと回し、ふっと風が吹いたかのように笑った。

「とりあえずさ、白以外のいろんな色混ぜてみて。赤とか青とか黄色とか」
「…………」
「クリアで完璧な黒にはならないけど、オリジナルの黒ができるでしょ?」

ほうけながらも、ゆっくりと言われるように手を動かし、パレットの上で色を作る私。たくさんの色が混ざりあう、お世辞にもきれいとは言えない濁った黒が出現した。

「ていうか、クリアな黒って言葉、なんか変だね。矛盾してる」

妙なところでツボって、クスクスと笑っている桐谷先輩。私はそのお手製の黒を、そっとスケッチブックにのせる。キャンバスじゃないから、色の重みで紙の端が少し曲がってきた。