「なに? あなた沙希の知り合いだったの? どちら様?」

近くにいたけれど、彼が私の知り合いだとは思っていなかったらしいお母さんが、眉間にシワを寄せる。

「美術部の3年です。俺が彼女にモデルを頼んで残ってもらいました。すみませんでした」
桐谷先輩が、私のお母さんに頭をさげている。ありえないような光景に、私は目を疑う。
「せんぱ……」
「モデル? モデルなんて誰でも一緒じゃない。この子は忙しい子なの。そんなことしている場合じゃないの。他の人に頼んでもらえる?」
「…………」
「まさかあなたたち付き合ってるの?」

返答のない先輩にお母さんが見当違いなことを言い、私は慌てて、
「やめてよっ。違うから」
と間に入る。
バスから降りて初めてお母さんにちゃんと訴えた口がこれだった。

お母さんは目の奥を読むような視線で私を一瞥し、またすぐに桐谷先輩へと向き直る。

「沙希のことだから、3年の先輩からの頼まれごとってことで断りきれなかったんだと思うわ。申し訳ないけど、さっき言ったように他の人に頼んでちょうだいね。それじゃ」

お母さんは一方的に話を切って、先輩に背を向け、私の背中に手を当てながら歩き始めた。

「……っ」

私は“違う”って、ちゃんと言いたかった。でも、口を開けるも声が出てこず、歩かされながらも先輩とお母さんを何度も視線で往復するしかできない。