「…………」

そんな私を見おろしながら、しばらく無言でなにやら思案していた先輩は、バス停の少し前になってようやく口を開いた。

「……ねぇ、水島さん、ちょっとモデルしてくれない?」
「は?」

モデル? 先輩って人物画は描かないんじゃ……。

「今度の火曜日ね。放課後、美術室」
「え? そんな勝手に困りま—」
「あ、ここ、降りるとこでしょ?」

誰も降車ブザーを押していなかったから危うく通過されそうになり、ハッとした私は慌ててブザーを押す。

「降りますっ」

減速して停まったバス。「はやめにお知らせくださいねー」と運転手さんにマイクで言われ、体をよけて通路に通してくれた先輩を横目に、急いで乗降口へと向かう私。

バスをおりて車内を見ると、まだ立ったままの桐谷先輩が、笑っているのか無表情なのかわからないような顔で、ひらひらと手を振っていた。

私は発進するバスを見送りながら、手を振り返しもせず、ただポカンとして佇んでいた。