「もうすぐ降りるんで、通路に出てていいですか?」
 
桐谷先輩に言うと、彼は、「あぁ、はい」と言って立ちあがった。それを見て、私も腰を浮かせる。そのとき。

「——っ!!」
 
工事中の道はまだ抜けていなくて、ガタンッと大きく車内が揺れた。片手で吊り革を持っていた先輩もバランスを崩し、彼の半身が私の上に覆いかぶさる。

「……ごめん」

密着した体を起こした先輩の顔。それが私の真ん前にあって、彼のやわらかなねこっ毛が私の鼻頭をかすめる。まるで、顔が心臓に乗っ取られたかのようだ。こんなアングルと近さで男の人の顔を見たこと……ない。

「…………近……」
「ちょっ——」

そのままの姿勢の至近距離で観察され、赤面でたえきれなくなった私は、思わず先輩をはねのける。

「イテ……」

倒れはしなかったものの、座席のシートに手を掛けて体を起こし、また吊り革を持った先輩。私はいまだに心臓の音に体を支配されていて、顔の熱も引かぬままうつむき、バッグをギュッと握り締める。