「ねぇ」

……が、一歩その場を離れた瞬間、先輩が発した声に足を止めてしまう。

「絵、見てくんない?」
「…………」

先輩に横顔を向けていた私は、意外な言葉に向き直る。

……絵を?

「なんでですか?」
「スランプ?」
「なんで本人が疑問形で言うんですか?」
「ハ」

ずっと表情のなかった先輩が、今、初めて笑った。そのさりげない笑顔に不意をつかれた私は、無防備にも胸を射抜かれる。

ほら、これだから。……これだから、会っちゃいけないんだ。
やっと薄れかけていた気持ちが、一瞬で舞い戻ってしまう。すべて、水の泡になってしまう。

「……天然のタラシ」

すぐ横で、ボソッとつぶやくように聞こえた声。その主は、窓に寄りかかる姿勢をそのままに、
「先輩さん。すみませんけど、バスの時間までこの人とふたりで話したいんで、そろそろ解放してもらえます?」
と、言った。

……へ?

驚いた私とともに、飄々とした表情の諏訪くんへ顔を向ける桐谷先輩。

「それに、水島にも水島の事情があるんで、逐一、先輩さんのワガママに付き合ってられないと思いますけど」
「諏訪くん」

敬語だけれど強気な諏訪くんの口調にドギマギして、私は落ち着かせようと声をかける。

「……彼氏?」

私へと視線を移し、きょとんとした顔で聞いてくる桐谷先輩。

「いえ……」
「その予定です」

……え?