一歩足を踏み入れた途端、油絵特有の匂いに迎えられた。奥には石膏像がいくつも並べられ、それぞれ違う方向を見ている。窓から射しこむ夕方の光を受けて、その堀の深い顔立ちは、濃い影を作っていた。

「あのー……」

誰もいない。この高校に入学して初めて入る美術室にひとり、私はキョロキョロとまわりを見渡しながら歩を進める。

美術部の人たちは、まだ誰も来ていないのだろうか。ふと、室内のうしろの方の窓際を見ると、開かれたイーゼルにキャンバスが置かれていることに気付く。私は、なんとなく引きつけられるようにそちらへ足を向けた。

そのとき、カタン、と音がした。振り向くと、今入ってきた入り口から黒板をはさんで、もうひとつドアがあることに気付く。スライド式のそのドアは、半分ほど開いていた。

あ。人がいたんだ。

そう思った私は、なにも考えずにそちらへ方向転換する。

「いいじゃん、フリーなんでしょ? 今」
「楽だよ、私。束縛とかしないからさ」
「ねぇ、聞いてんの?」

クスクスと、笑い声と一緒に聞こえてくる声は、すべてひとりの女のもの。

あれ? これヤバイな。

そう思ったときには、すでにそのドアに手をかけ、美術準備室兼倉庫になっているらしいその部屋の中を見たあとだった。