「……おはよ」
すれ違いざま、溜め息を吐き出すような声でそう言った雨先輩。
なんだ、聞こえてたんじゃない……なんて、そんなことを思う間もなく、雨先輩は、私とカズくんを置き去りに上の階へと消えていく。
その姿を視界に捉えながら、私は固まったまま、声を出すのも忘れていた。
……本当に、不思議な人だ。
確かに現実に存在しているのに、どこか現実とは掛け離れたような……神秘的な人。
「……あ、やべ」
ぼんやりと、消えていった雨先輩の残像を追いかけていれば、一日の始まりを告げる予鈴の音が辺り一帯に響き渡った。
一瞬だけ焦ったような表情を見せたカズくんは、「じゃあ、行くな。さっきの話は、また今度」と言葉を置いて、既に見えなくなった雨先輩を追い掛けるように階段を上っていく。
『また今度』
それは、本当に叶うのかな。
もしかしたら、これが最後の会話かもしれないと思ったら、喉の奥が締め付けられたように痛んだ。
─── 今日も、空は澄み渡るような青。
対照的な二人の背中を視線だけで見送りながら、私もゆっくりと、通い慣れた教室に向かって歩き出した。