「……いってきます」
玄関を出る直前で足を止め、後ろを振り返ってみても声は返ってこなかった。
看護師をしながら、女手一つで私を育ててくれている母は、昨日の夜から夜勤に出ていて不在だ。
音のない家の中。
『いってらっしゃい』を、期待しているわけじゃない。
それでも毎朝『いってきます』と口にしてしまうのは、心が寂しさに押し潰されないようにするため。
『寂しい』なんて、高校二年生にもなって口が裂けても言えないけれど。
何より、そんなことを言ったらお母さんを困らせるだけだってことも、わかってる。
夜勤明けのお母さんが帰ってくるのは、朝の8時頃。
それより前に家を出る私とは擦れ違いで、更に今日は夕方4時から準夜勤に出るから次に会えるのは明日の朝だ。
リビングのカレンダーを見ながら、ぼんやりと考えた。
お母さんと、あと何時間……一緒にいられるんだろう。