そんな風に私が考えている間に、辺りを見渡していた雨先輩は、突然ある一点で視線を止めた。

そのまましばらく、その先をジッと眺めている彼を前に、今なら逃げられるんじゃないかと思案する。



「─── あの猫」

「え?」

「あそこの茂みから顔を出している猫」



思わず後ろへと足を引こうとすれば、唐突にそんなことを言い出した雨先輩の声に、慌てて足の根を張った。

先輩の指差した先を見てみれば、そこには一匹のトラ柄の猫が茂みからヒョッコリと顔を出して、こちらを警戒するように睨み見ている。



「あの猫、このあとすぐに、そこの角を猛スピードで曲がって走ってくる、シルバーのセダン車に轢かれる」

「…………は?」

「で、避けようとして避けきれなかった車は、その先のガードレールにぶつかって止まる。だけど、運転手は無事に出てきて……文句を言う」



思いもよらない、冗談とも取れないその言葉に、呆然と口を開けたまま固まった。

今度は、あの猫が轢かれる?

本当に、馬鹿なことを言うのもいい加減にしてほしい。



「雨、先輩……本当に、悪い冗談は─── 」

 " 悪い冗談は、止めてください "



だけど、そんな風に。猫から雨先輩へと視線を戻して、今度こそ抗議の言葉を投げようと思ったら───



「…………っ!!」



言い切るより先に、突然、耳を劈くようなブレーキ音が、辺り一体に響き渡った。

それと同時に、ドォン!という重苦しい音が、私の心と身体を、深く、深く、揺らして叩く。