「雨先輩、おはようございます」


病院に着き、足早に病室へ向かった私が、トキさんのベッドの前でパイプ椅子に腰を下ろしていた背中へと声を掛ければ、雨先輩はゆっくりと振り向いた。

今日も相変わらず、どこか現実離れしたような雨先輩は、朝日を浴びてキラキラと光の粒を輪郭に乗せている。

けれど、真っ黒な瞳には一目でわかるほどに焦燥が滲んでいて、胸が痛いくらいに締め付けられた。


「おはよう。ごめん、せっかく来てもらったのに、こんなことになって……」

「そんなこと気にしないでください。それより、雨先輩、もしかして寝てないんですか……?」

「ああ、うん……。さすがに昨日は眠れなくて……」


言いながら私を見て、困ったように笑う雨先輩を前に、声が詰まる。

トキさんが急変して、昨日は私も面会時間のギリギリまで雨先輩と付き添っていたけれど、その間も雨先輩は何かを話すわけではなかった。

ただ真っ直ぐに、眠るトキさんの顔を眺めて拳を強く握るだけ。

雨先輩が何を思うのか、今、何を考えているのか。

私は何ひとつ聞くこともできないまま、昨日は病院を出るしかなかった。