そう言うと、トキさんは私を見て柔らかに微笑んだ。
なんとなく気恥ずかしくなって、口を噤んだ私は逃げるように視線を隣へと移す。
すると私と同様、行き場を無くしたように口を噤んで立ち竦んでいる雨先輩に辿り着き、思わずそのまま視線を止めてしまった。
お母さんにエレベーター前で声を掛けられてから、この病室に戻ってきて今の今まで、雨先輩は一度も口を開いていない。
それどころか、ぼんやりとしたまま、心ここに非ずといった様子だ。
「ねぇ、ミウ。もしもまだトキさんのところにいるようなら、このあと、お昼ご飯一緒に食べない? お母さん、あと10分でお昼休憩だから」
「え……いいの?」
「うん。久しぶりに、一階の食堂で一緒にお昼食べよ。……ソウくんも、もし良かったら一緒に」
その問い掛けに、ようやくハッとしたように目を瞬かせた雨先輩が、驚いたようにお母さんを見た。
「せっかくなら、普段のミウの学校での様子とか、色々お話し聞かせてくれると嬉しいな」
突然の誘いに困惑したように眉根を寄せた雨先輩。
ほんの少し開いた窓から滑り込んできた風が、雨先輩の髪を優しく揺らすとムスクの香りが宙を舞った。
「でも……、」
「せっかくなら、ご一緒してきたら? 私との話は、そのあとにゆっくりしましょう」
トキさんのその言葉に、一瞬、何かを言いたそうに唇を動かした雨先輩が口を噤む。
そのまま結局、雨先輩は有無を言わさぬトキさんの様子に、観念したように視線を下に落としてから「……はい」と小さく頷いた。
そんな二人のやり取りを視線だけで追ったあと、私は久しぶりに見るお母さんの看護師姿を食い入るように見つめて、ほんの少しだけ胸を躍らせた。