音のなくなった病室に、タクちゃんが残した声だけが蜃気楼のように揺れている。



「ああ、どうしましょう……タクちゃんが……」



震える声を吐き出して、トキさんが両手で口元を覆った。その様子を視界の端に捉えながら、私は自分の足先を見つめた。

……タクちゃんの身体は、重い病に冒されているんだ。

今、トキさんが言ったようにドナーが必要なくらい、タクちゃんの身体は今のままでは厳しい状態なのだろう。

タクちゃんと、エレベーターでぶつかった時のことを思い出す。

青白い肌、随分と華奢な身体、生気のない目、冷たい瞳、やけに大人びた態度。

どれもタクちゃんの身体と現状を表していて、タクちゃんの苦しみを全身で訴えていたのだ。

『自分がいつ死ぬのか教えて欲しい』

そう言った、タクちゃんの声が頭の中で木霊する。

タクちゃんは一体どんな気持ちで、その言葉を口にしたんだろう。

一体、どんな気持ちで、タクちゃんは。



「あ……美雨!!」



気が付いたら、足が自然と動き出していた。

走り出したい気持ちを精一杯押し込めてエレベーターホールまで行けば、エレベーター前に備え付けられたソファーの上で頭を抱えて蹲る、タクちゃんを見つけた。



「……タクちゃん」

「……っ、」



傍に寄り、声を掛ければ大袈裟に揺れた肩。

恐る恐る、といった風に顔を上げたタクちゃんの目には薄っすらと涙が滲んでいて、再び胸の奥が締め付けられた。



「……隣、いいかな?」



ゆっくりと、とても静かに。私は返事を待たずに、そんなタクちゃんの隣へと腰を下ろした。

顔を上げた先。

病院の窓から見える空は今日も青く澄み渡っていて、それがやけに鬱陶しく感じた。