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「だから! 早く、俺の未来を見てよ!」
お母さんを見送り、零れた涙を拭いて一通りの準備を終えた私は早々に家を出た。
向かったのは、お母さんと同じ、お母さんが働く病院だ。
病院に着くとロビーを抜け、エレベーターに乗って4階で降り、昨日も訪れた雨先輩のおばあちゃん……トキさんの病室の前で足を止める。
「兄ちゃん、未来が見えるんだろ! だったら、俺の未来を見てよ! 俺がいつ死ぬのか、教えてくれって言ってるんだ!!」
扉に手を掛けた瞬間、中から聞こえてきた声。
怒気を孕んだ声に、昨日と同様に胸の奥がざわついて、伸ばした手を引っ込めてしまいそうになる。
「……だから、それは、きみの聞き間違いだよ。俺にはそんなことできないし、そもそも、そんなことができる人間がいるわけないだろ?」
そして、男の子の声─── タクちゃんの声に返されたのは、昨日も聞いた雨先輩の声だ。
恐る恐る扉を開けて、隙間から顔をのぞかせれば、ふわりと鼻を掠めたムスクの香り。
それに気を取られる間もなく、トキさんと雨先輩、タクちゃんが一斉に私の方へと振り向いて、思わずゴクリと喉が鳴った。
……とっても、入りにくい。
私は姿勢を低くしたまま一度だけ小さく頭を下げると、恐る恐る、部屋の中へ足を踏み入れた。