「あ、あの……雨先輩、」
「……逃げようと思った。この世界から、現実から、未来から」
「……え?」
「だから、似てるな、と思ったんだ。あの日……この場所で、独りでこの景色を見つめている美雨のこと」
唐突に、そんなことを言った雨先輩は、鉄の手摺りに手を置くと視界いっぱいに拡がったグラウンドを眺めた。
どこか、遠くを見ている目。
何かを探しているようで、それでいて、何もかもを諦めたような、そんな目だ。
「独りで空を眺めていた美雨が、俺自身を見ているようで……声を掛けずにはいられなかった」
ねぇ、雨先輩。『逃げようと思った』って、どういうことですか?
頭を過った疑問を口にすることすら怖くて、私は口を噤んで押し黙った。
だって、言葉にしたら、既に曖昧な存在の雨先輩が、私の知らないどこかへと行ってしまうような気がして。
雨先輩が、今すぐにでも消えてしまうような気がして……私は。
「え……?」
どうしようもなく怖くなった私は、雨先輩の手に自分の手を重ねて、そっとその手を優しく握った。