「でもまあ、皿はついでで」
そうつぶやいたおじさんは、どこか幼い、少年みたいな顔をしていた。よくわかんないけど、なんとなくそう思った。とにかくはじめて見る顔だったよ。一瞬しか見せてくれなかったけど。
「こっち来い」
言い終わる前にきびすを返して歩きだしたおじさんに、あたしも黙ってついていく。
おじさんは大きな棚の前で足を止めた。そこに置いてあるうち、大きめの布をひとつ手に取ると、ていねいにたたんであったそれをばさりと広げて、そのまま物干し竿に引っ掛けた。
――声って出ないものなんだね。ほんとに驚いたときってのは。
そして驚きはたちまち感動へと変わっていく。
目の前の世界をいろどっているのは、白地に紫と黄色のあじさいが大きく咲いている、とても美しい和服だった。和服――きれいな浴衣だ。
「……染めたの? 和志さんが?」
やっとの思いでのどが音を出す。うわずったような声になってしまう。
「そうだよ」
浴衣なんてほとんど着ることもなかったし、着るときはいつも既製品のものを買っていたから、とても信じられないよ。本当にこれをつくったの? この、目の前にいる男が? 信じられないよ!
ものすごく心が震えてるのがわかる。あたしいま、たぶん、人生でいちばんくらいに感動してる。
「ねえ、これ、あたしが着てもいいの?」
震える手で、そっとあじさいに触れた。素人にもいい布だってのがわかる。これ、ふつうに買ったらたぶんけっこうな値段になると思う。
「そりゃ祈のために染めたんだからな。これから祭りとか花火とか、いろいろあるだろ」
お祭りも、花火も、人混みだからあんまり好きじゃないんだけど、この浴衣を着られるならいくらでも行きたい気がした。
できればおじさんといっしょに。おじさんの隣でこの浴衣を着たいって、すごく、思ってる。