「なんかうれしかったよ。祈はふだんあんまり感情をオモテに出さない子だからさ」

「もう、その話はやめてよ」


ベランダの手すりに両手を乗せたおかーさんが、息を吐いて、満天の星空を見上げる。きれいな横顔だと思った。


「きっと少しずつ心が溶けていってるんだね。佐山くんのおかげだよ」


心が溶けるって表現、くやしいけど、なんだかとてもしっくりきた。

だって自分でもわかる。その感覚――心が溶けて、やわらかくなっていく感じ。どうにもじんわりあったかい感じ。

おじさんが、溶かしてくれている。おかしいね。あんなにぶっきらぼうでヘンテコなおじさんに、あたしは少しずつ変えられていっているのかもしれない。

変わったのは世界じゃなくて、もしかしたら、あたしのほうなのかもしれない。


「佐山和志は、ヘンだね。ヘンな生き物」


噛みしめるようにあたしは言った。


「でもとびっきりに優しいでしょう?」


おかーさんが目を細めてあたしを見下ろした。

声に出してその質問に答えるのはなんだか気恥ずかしくて、でも嘘はつけなくて、小さく首を縦に振った。


「おかーさんは、和志さんのことよく知ってるの?」

「そりゃあね、佐山くんがハタチのころから知ってるし。当時はいつもビシッとスーツ着てて、不精ひげなんか一本も生えてなくてさ、背も高いしかっこよかったんだよ?」


ハタチか。いまのあたしより3つ年上なだけ。

おじさんの若いころなんて想像もつかないや。かっこよかったって、ほんとかな。


「祈も会ったことあるんだよ。幼稚園のときだったと思うから、佐山くんが20代前半のころかな? あのころは私も若かったなぁ」


ぜんぜん記憶にない。当たり前か。

でも、覚えていたかった。

そのときおじさんはどんな顔をしていたんだろう? なにをしゃべったんだろう?

あたしはどうだったのかな。鼻水とか垂らしていたらサイアクだ。