「……ねえ、祈。怒ってる?」
うかがうみたいな声。
「なにを?」
「勝手に佐山くんのところに連れてきちゃって」
どうだろう? そりゃ最初はふざけんなって思ったけど、それは確かなんだけど、いまもカンカンに怒ってるかって言われたらビミョウだな。
おじさんとの暮らしにはなんの不満もない。むしろたぶんすごく居心地いい。だからビミョウ。ここに来たことが間違いだったとは、なんとなく思えないから。
思わず「わかんない」と答えた。おかーさんは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「祈は、佐山くんとの生活、つまんない?」
そういう質問の仕方はちょっとずるい。あたしはかぶりを振った。
「じゃあ楽しい?」
「うん。いろいろと新鮮なことが多いよ」
おじさんとの生活じたいは、たぶん、けっこう“なんでもない”と思う。
てきとうな時間に起きて、ゆったりゴハン食べて、時々のんびり散歩したりして、どうでもいいようなことをちょっと話して、疲れたら寝る。どこにでもありそうな、ありふれたフツウの暮らし。
たぶん、そのフツウをいっしょに暮らしているのがあのおじさんだから、こんなにもフツウじゃないんだよね。
世界がなんでもないものじゃなくなる。
あの不思議な存在が傍にいるから、全部がなんだか違って見える。
だって、毎朝あんなに重たかった布団が、いまでは嘘のように軽いんだよ。
ツマラナイ学校に行かなくてもいいっていう安堵からそう感じているのかな? 違う。絶対それだけじゃない。わかるんだ。
そうかぁ、と、長い息を吐くようにおかーさんが言った。
「さっき祈が泣いてくれたのも佐山くんのおかげなのかな? 祈の涙なんてもう何年も見てなかったから、チョットびっくりしたけど」
避けていた話題を唐突に出された。恥ずかしいからなかったことにしてほしいよ。
「やっぱり佐山くんのところに連れてきてよかった」
おかーさんは、ひとり言のようにこぼした。