先に手を外したのはおじさんだった。反射的に握っていたシャツを手放すと、あたしたちのあいだにはあっという間に距離が生まれて、また目が合った。
おじさんの手がくしゃりとあたしの頭を撫でる。子どもをあやすみたいな手つきだ。最近はよく頭を撫でられている気がする。
「ねえ、『おじさん』って呼ぶの、やめようかな」
ぽんと、思いつきで口にした。
「おじさん、親戚じゃないし。他人だし。だから、やめようかな。名前で呼ぼうかな」
「急にどうしたんだよ」
わからない。でも、おじさんが三宅に『親戚でいい』って言ったのが、すごく嫌だったんだ。無性に許せなかった。
だって親戚じゃないもん。血つながってないもん。
この男は、違う。もっと別の場所にいる存在だ。わからないけど、わからないなりに、それだけはわかる。
「『和志』って呼ぶ」
「呼び捨てかよ」
「だって『祈』って呼ぶでしょ」
「ゆりさんがそう呼ぶからな」
「あ、それだとコッチは『佐山くん』だね」
「本気で言ってんのか?」
ウソに決まってるじゃん。やだよ。苗字にクン付けなんて、いちばん他人行儀で遠い感じするよ。
「和志さん」
ためしに口に出してみた。胸がむずむずした。ざわざわもした。
名前の主の男は、ちょっと面倒くさそうに「なんだよ」と言って、あっという間に目を逸らしてしまった。