「……まっず」
どれくらいかっていうと、こんなにまずいカレー、たぶんもう死ぬまで食べることないだろうなってくらいね。
まず鼻をつくのは焦げくささ。それから申し訳ていどにカレーの風味がしたかと思えば、びっくりするくらいの苦みが味覚すべてを奪ってゆく。そんな感じ。
なんだこれ。クソまずいよ。人間の食べものじゃない。
自分でつくった夕食に心のなかで毒づいて、スプーンをお皿に投げたのとほぼ同時くらい。
玄関のドアがすごい勢いで開く音がして、ドタドタと慌ただしい物音がした。びくっとした。身体がぎゅっとかたまる感じ、生まれてはじめて体験した。
誰だ。侵入者? 泥棒? それとも変態じゃ……
「――祈っ!?」
でももっとびっくりしたのは、そのすぐあと。びっくりするのと同時に身体中からがくっと力が抜けた。
だって、おもいきり放たれたリビングのドアから顔をだしたのが、汗びっしょりでブラウスをはだけさせたおかーさんだったから。
「お、おかーさん……?」
「なによもう、ケロッとしてるんじゃないっ」
ドアにもたれかかりながら、おかーさんはへなへなと座りこむ。大きなスリットの入ったタイトスカートが白い太股にぎゅっと引っ張られている。
「学校からの鬼のような着信についさっき気が付いて、かけ直してみたら祈が連絡もなしに欠席してるって言うから。なんかあったんじゃないかと思って急いで帰ってきたのに……!」
ああ……それで。
それで、そんなにも汗びっしょりになって、帰ってきてくれたの。