黙ってうつむくあたしの手から、おじさんがそっとクレープを奪う。ぜんぜん食ってねえ、とあきれたように言われた。ふにゃふにゃじゃねえかって。
いつものおじさんの声を聞いていたらますます顔を上げられなくなってしまった。いまその顔を見たら本当に泣いちゃうような気がしたんだ。
「なあ。オッサン誰?」
ふと、三宅の声が落ちた。いつもより2トーンくらい低い声だったから驚いた。
「ああ、どうも」
おじさんは、まるでたったいま彼らに気付いたような素振りで言った。その言葉に自己紹介は続かない。ただ気だるそうに三宅とカノジョを見下ろすだけだ。
そこには圧倒的な大人の余裕みたいなものがあった。
敵意もないし、親しみもない。おじさんはそんな目で三宅たちを見つめている。
三宅もまた、じっとおじさんを見ている。
なんだかおかしな空気が流れていて、なんとなく、一刻も早くあたしがなにか言わないといけないような気がした。
「あ、このひと、いまいっしょに住んでるひとで」
早口だったし、変にうわずった声になってしまったと思う。
「佐山さんっていうの。佐山和志さん」
そういえば、おじさんの名前ってはじめて口に出すよ。
サヤマ・カズユキ。
心のなかでもう一度、ていねいに、その名前をなぞる。ぞわりとする。