お父さんがいないってのは間違ってないよ。生まれたときからずっと、それらしいひとはうちにいなかったし、おかーさんもお父さんの話はしてくれないから、たぶんいろいろ事情があるんだと思う。
でも、それのなにが悪いっていうの。
お父さんがいないことのなにが?
『たいがい』ってなんなの?
どうしておかーさんまで非難されなくちゃいけないわけ?
うちが“少数派”だから?
お父さんがいないって、そんなにおかしいこと?
「あ……」
いろいろ言いたいことはあった。ふざけんなとか、うるせえとか、関係ねえとか、ほんとは言ってやりたかった。
でもなにひとつ言葉にならない。それどころか声すら出てくれなくて、くやしい。くやしいよ。くやしい。
もしかしたらあたしはずっとどこかで、どうしてうちにはお父さんがいないんだろうって、思っていたのかもしれない。
「――祈」
頭も心もぐちゃぐちゃで、こらえきれず涙がこぼれそうだった。
まさにそのとき、名前を呼んでくれた声。低い声。なんかすごく安心する声。おじさんの声。
あたし、この声をずっと待っていた気がする。
「クレープ食ったか?」
食べてないよ。もうどろどろになってきたよ。せっかく買ってくれたのに、ごめんね。
でも、ありがとう。
戻ってきてくれてありがとう。
名前を呼んでくれて、ありがとう。