「いつも笑ってればいいのに」


泣くのもすっかり忘れて、無意識のうちに、あたしはつぶやいていた。

とたん、おじさんの顔からスッと笑顔が消える。そして少し目を泳がせたあと、すぐに眉間に皺を寄せた。怪訝そうだ。不機嫌そうだ。もしかしたら照れているのかもしれない。

思わず、涙をぬぐったあと、たたみかけるように口を開いた。


「おじさんは、ほんとは優しいひとだよね」


『ほんとは』という言い方は、ちょっと間違っているかもしれない。


「不器用なんだね」


頭の上に乗っていたおじさんの手がふわっと外れたかと思ったら、オデコをはじかれた。デコピンだ。でもぜんぜん痛くない。


「おまえ、ナマイキ」

「図星なんだ?」

「さっきまでシクシク泣いてただろ」


それは一生の不覚。


「泣き虫のガキが」

「ナキムシでもクソガキでもない」

「クソは言ってねえだろ」

「聞こえた」

「そういうところがガキなんだ」


いいから風呂行けと、もう一度、痛くないデコピン。

どうにも胸がむずむずしてしょうがない。久しぶりに涙が出たからかもしれない。それを、おじさんに見られてしまったからかもしれない。


「ガキだからわがまま言うね?」


少し笑いながら言うと、おじさんは不機嫌なのを隠そうともしないであたしを見下ろした。


「お皿、あした買いに行きたいな」


泣き顔を見られたことは不覚だけど、なぜかぜんぜん、嫌じゃなかったよ。むしろその逆で、久しぶりに涙が出たのが、おじさんの傍でよかったって思う。


「なら、昼食ったあと出かけるか」


この男でよかった。いま、行き場のないわたしといっしょにいてくれるのが、不器用で優しい32歳で、よかった。