優しい手つきだった。繊細な手つきだった。

思わず手を伸ばした。重なって、触れたその指先は、少し冷たかった。


はじかれたように顔を上げる。なにしてるんだろ、あたし、なんでいま、触っちゃったんだろ。

おじさんもあたしを見下ろしていた。心底驚いた顔だった。普段あまり開いていないたれ目をまんまるにさせている。


反射的に手を引っこめた。あまりにも勢いよく引っこめたもんだから、体ごとうしろに飛んでいくかと思った。


「……帰るか」


少しの間があいたあとで、ぽつりと、おじさんがこぼす。何事もなかったみたいな声、台詞だった。


「うん」


小さくうなずくと、彼はおもむろにポケットから携帯型の灰皿を取りだして、煙草の火を消した。ゆったりとした動作だった。


いいな。おじさんは、すごくいいね。声もしゃべり方も話す言葉も、動作も、一挙手一投足、いちいち余裕があって、目を引くね。

こんな大人も、こんな男も、こんな人間も、ほかにはいないような気がした。おじさんはきっと、ほかの誰とも違う生き物だ。

それはあたしにとって、果てしなく、知らない世界だ。