引き出しのなかはけっこう整理整頓されていた。さてはA型だな、と思ったけど、おじさんは占いとかそういうのにはてんで興味がなさそうなので、これは言わないでおこうって思った。いつか聞けたらいいけど。
いつかでいい。
ゆっくり時間を重ねて、おじさんのいろんなこと知っていけたらいいね。血液型とか、誕生日とか、身長と体重とか、そういう小さなプロフィールから、少しずつ、さりげなく。
だって、改まって訊ねるのって、なんかちょっと気恥ずかしい。
黒のサインペンはすぐに見つかった。外に出てドアに向き直ると、縦書きの『佐山和志』の右側に、同じ大きさで『中澤 祈』と書いた。木のデコボコのせいで不格好な文字になってしまった。
「おまえ、なにしてんだ?」
すぐうしろで声がした。低い声。落ち着いた声。渋い、おじさんの声。
「いいでしょう?」
べつに問題ないでしょ。いい感じでしょ。
いろんな意味の混ざった『いいでしょう』だった。
振り向くと、さっきよりも長くなっている煙草を口にくわえたおじさんが、あきれたようにあたしを見下ろしていた。さては煙草、2本目だな。
「ああ、本当におまえはゆりさんの娘だな。DNAまんま受け継いでんじゃねえの?」
「どういう意味?」
「好き放題、自分中心で世界がまわってる。って、イミ」
そんなこと、ないし。おかーさんはたしかにちょっとそんな感じだけど、でも、そんなことないよ。そんなことなかったよ。おかーさんはあたしという娘を中心に生きてくれていた。
少なくとも、1週間前までは、たぶん……。
「あーあ、これ油性ペンだな。かなり先まで消えねえな。アホだなあ」
そう言って笑ったおじさんの、ごつごつした指が、不格好なあたしの名前を撫でた。